「玄関を一人で上り下りできるか、それが一番心配だったんです」
整形外科・回復期病棟で働く理学療法士として、80代男性の患者さんを担当した時の、ご本人とご家族のお言葉です。
人工骨頭置換術(BHA)後で、退院時点ではまだ歩行器が必要な状態。
退院前に玄関に手すりを設置したことで、ご本人が「これがあれば、自分で家に入れる」と本当に嬉しそうにされたのを、今でも覚えています。
お風呂とトイレには、既に手すりがありました。でも、玄関の上がり框(あがりかまち)には何もなかった。
靴の着脱で体勢を崩したり、人工骨頭の脱臼が心配だったり——その不安が、たった1本の手すりで大きく軽減されたのです。
今回は、親御さんの家に手すりを付けるなら絶対に外せない3箇所と、「介護保険でレンタル」と「自費で購入」をどう使い分けるかを、PTの視点で正直にお伝えします。
手すりは「基本、介護保険でレンタル」が正解です
正直にお伝えします。
手すりが必要になったら、まず最初に検討すべきは「介護保険でのレンタル」です。
私が現場で患者さんやご家族に勧める理由は3つあります。
理由①|とにかく安い(月数百円〜)
介護保険を使えば、自己負担は原則1割。
手すり1本なら月100〜500円程度でレンタルできます。1〜3万円で購入することと比べたら、コスト面では圧倒的に有利です。
理由②|不要になったらすぐ返せる
退院直後は「念のため多めに」福祉用具を入れることが多いのですが、リハビリで歩行能力が改善すると、いくつかは要らなくなります。
レンタルなら、不要になった時点で返却できるのが大きな利点です。介護保険の点数を圧迫することも、あまり気にしなくて大丈夫です。
理由③|専門家が選んでくれる
福祉用具専門相談員やケアマネジャーが、ご自宅まで来てその家の構造・動線・本人の体に合わせて提案してくれます。
素人判断で買うより、はるかに失敗が少ないです。
それでも「自費で購入」を選ぶべき3つのケース
では、なぜ自費購入の話をするかというと——
介護保険レンタルが使えない・間に合わないケースがあるからです。
ケース①:そもそも介護保険の対象でない人
「最近、なんとなく不安だけど、まだ介護認定は受けていない」
——こういう親御さんは、本当に多いです。
介護認定が下りていなければ、レンタル制度は使えません。「健康だけど、念のため」段階の方は、自費購入が現実的な選択肢になります。
ケース②:転んでからでは遅いと感じた時
私がリハビリ室で、ご家族からよく聞く言葉があります。
「事前に手すりを付けていたから、そもそも転ばずに済んだと思うんです」
転倒してから入院、リハビリ、要介護認定…という流れに入る前に、「予防」として手すりを付けておく選択肢は、とても合理的です。
介護保険の認定を待つ間にも、転倒のリスクは進みます。
ケース③:同居家族の予備需要
これも印象に残っているお話です。
旦那さんが入院されている、いくつか年下の奥さん。一人暮らし状態になったタイミングで、こうおっしゃっていました。
「私のためにも、手すりが欲しいなって思って」
ご本人はまだ介護認定を受けるレベルではない。でも、「もしも」を考えると不安。
こういう「グレーゾーンの家族」にとっては、自費で1本買っておくのが一番の安心になります。
親の家に必要な手すり3箇所|PTが現場で見て確信
では、どこに手すりを付けるべきか。
私が病棟・退院前訪問で見てきた中で、絶対に外せない3箇所をご紹介します。
🛒 ① 玄関|上がり框(あがりかまち)の据え置き型手すり
冒頭の80代男性の方も、玄関の手すりで生活が変わりました。
PTが推す理由:
- 玄関は「段差+靴の着脱+立位バランス」が同時に求められる、家の中でも特に転倒リスクが高い場所
- 据え置き型なら工事不要で、賃貸でも使える
- 玄関に手すりがあるだけで「外出への心理的ハードル」が下がり、生活の自立が保たれる
ここは絶対に最優先で検討してください。
🛒 ② トイレ|置くだけ型の据え置き手すり
トイレでの立ち座りは、1日に何度も繰り返す動作。
ここに手すりがあるかないかで、自立度が大きく変わります。
PTが推す理由:
- トイレでの転倒は、密室で発見が遅れやすい怖い事故
- 置くだけ型なら、賃貸でも、設置工事の手間なしで使える
- 夜中のトイレでも、握る場所があるという安心感
使い方のコツ:
トイレの手すりは「引っ張って立つ」のではなく「押して立つ」のが正解です。
引っ張る癖がつくと、関節に負担がかかります。便器の少し前方に手すりが来るよう設置すると、押して立てるようになります。
🛒 ③ ベッドサイド|起き上がり補助バー
退院前のリハビリで、患者さんからよく言われる言葉があります。
「家にはこれがないから、ちゃんと起き上がれるか心配で…」
病院のベッドには介助バーがあって、それを使って起き上がる練習をします。でも自宅に戻ると、何もない。
起き上がりの動作は、思っている以上に筋力とコツが必要なんです。
PTが推す理由:
- 床置き型なので、ベッド・布団・ソファ脇など多用途に使える
- 起き上がる時、立ち上がる時の両方で使える
- 夜間トイレに行く時のフラつき防止にも
- モルテンは医療現場でも信頼の高いブランド
補足:浴室はどうするか
浴室にも手すりは絶対必要ですが、ここは介護保険でのレンタルがもっとも有利な場所です。
マグネット式・吸盤式・突っ張り式など種類が豊富で、専門家に選んでもらうのが安全。
デイサービスや訪問介護でお風呂に入る方の場合は、自宅の浴室手すりは優先度が下がることもあります。
失敗しない選び方|PTがチェックする4つのポイント
手すりは「付ければいい」ものではありません。
合わない手すりは、かえって転倒や関節痛の原因になります。
ポイント①|高さは「立ち上がった時に楽に手が届く位置」
専門的に言えば「肘がほぼ直角に曲がる位置」ですが、目安としては立ち上がった時に、腕を軽く曲げた状態でちょうど握れる高さです。
だいたい腰のすぐ上くらい。
トイレや椅子からの立ち上がり用の手すりなら、椅子の肘掛けと同じ感覚と思ってください。段差用の手すりは、もう少し高めで腰の高さ前後でも問題ありません。
ポイント②|太さは「明らかに細いものを避ける」
商品によって太さを選べることはあまりありませんが、明らかに細い・握りにくい手すりは避けてください。
しっかり握れる太さがあるかどうか、購入前にレビューや商品写真で確認するのがおすすめです。
握力が弱った高齢者ほど、ある程度の太さがある方が安全です。
ポイント③|導線を狭くしすぎない
「あれもここも」と手すりを増やしすぎると、普段の生活動線が狭くなり、かえって不便になります。
とくに、ご家族が荷物(買い物袋・洗濯カゴ・布団など)を運ぶ時に邪魔にならない位置を選びましょう。
「階段に手すりを付けたら、洗濯物カゴが持ちづらくなった」という失敗談もよく聞きます。
ポイント④|トイレは「押して立つ」位置に
これは現場でも見落とされがちですが、トイレの手すりは「引っ張って立つ」のではなく「押して立つ」高さに設置するのが理想です。
引っ張る動作は肩や腰に負担がかかり、長期的には体を痛めます。
便器の少し前方・体重を上から押し下げられる位置に手すりが来るよう調整してください。
ご家族からよく聞く誤解と疑問
「あまり動かないほうがいいですよね」→ 逆効果です
これ、本当によく聞きます。
でもPTから見ると、「動かない選択」は最大のリスクです。
動かないと、筋力が落ち、関節が硬くなり、結局「動けなくなる」体になります。
手すりは「動かないため」のものではなく、「安全に動き続けるため」のものです。
「自宅の雰囲気を壊したくない」
気持ち、よくわかります。
最近の手すりは木目調・ホワイト・ブラウンなど、家具と馴染むデザインが増えています。
「介護用品っぽい色」を避けるだけで、印象は大きく変わります。
「壁・床がもろいから、突っ張り型は無理かも」
これも大事な視点です。
古い家・木造の家では、突っ張り型の手すりが天井を傷める可能性があります。
そういう場合は、本記事で紹介している「据え置き型」「置くだけ型」がおすすめです。重さで安定するので、壁・床・天井を傷めません。
「介護保険って、何から始めれば?」
お住まいの市区町村の「地域包括支援センター」に電話するのが、一番の近道です。
「親のことで相談したい」と伝えるだけで、ケアマネジャーや福祉用具専門相談員を紹介してもらえます。無料で相談できます。
番外編|「玄関に椅子を置く」という選択肢
手すりだけでなく、玄関に小さな椅子を1つ置くのも、私が現場でよく提案する方法です。
立ったまま靴を履くのは、片足立ちのバランスが必要で、高齢者にはハードルが高い動作。
座って靴を履けるだけで、転倒リスクが大きく下がります。
「手すり+椅子」のセットを玄関に用意できると、ほぼ完璧です。
市販の小さな玄関ベンチや、折りたたみ椅子でも十分。「靴を履く時に座る」習慣を作ってあげてください。
最後に:手すりは「動くための道具」です
もう一度お伝えします。
手すりは「動かないため」のものではなく、「安全に動き続けるため」のものです。
「介護保険を使うか、自費で買うか」で迷ったら、まずは地域包括支援センターに相談してください。
それで「対象外」「時間がかかる」と分かったら、自費購入の選択肢を検討する。この順番が一番スムーズです。
大事なのは、「手すりがあれば防げた転倒」を、ひとつでも減らすこと。
親御さんが安心して動ける環境は、何よりのプレゼントになります。
あわせて読みたい:親の介護シリーズ
📝 この記事のまとめ
- 手すりは「基本、介護保険レンタル」が一番賢い選択
- ただし「対象外」「予防」「グレーゾーン家族」は自費購入も合理的
- 必須3箇所は「玄関」「トイレ」「ベッドサイド」
- 選び方は高さ・太さ・導線・トイレは押す位置が大事
- 手すりは「動くための道具」——動かない選択が最大のリスク
「うちの親、どこに手すりを付けたらいいか分からない」「介護保険、使えるかな?」という方は、LINEで個別にご相談ください。
理学療法士として、ご家族の状況に合わせた最初の一歩をお伝えします。

コメント