📅 2026年9月更新|病棟で実際にあった2つの例と、杖を使ってくれないときの「伝い歩きできる家」の整え方を追加
「そろそろ杖が必要だと思うんですが、本人が嫌がって…」
理学療法士として、ご家族からよく受ける相談のひとつです。親御さんの安全を心配しているのに、当の本人が「まだ必要ない」「使いたくない」と言う。その板挟みに困っている方は少なくありません。
この記事では、高齢者が杖を嫌がる理由としてよくある5つのパターンと、理学療法士としての声のかけ方・勧め方を解説します。「嫌がる理由」を正しく理解することが、上手に勧めるための第一歩です。
📌 こんな方に読んでほしい記事です
- 歩き方が不安定になってきた親に杖を勧めたいが嫌がられている方
- 杖をすすめるタイミングや言い方に迷っている方
- どうしても使ってくれないとき、家をどう整えればいいか知りたい方

この記事の答え(先にまとめ)
- 嫌がる理由は5つ:①「杖を使うような状態ではない」という気持ち ②使い始めると体が弱る気がする ③まだ大丈夫という感覚 ④使い方が分からず、かえって不安定 ⑤片手がふさがって不便
- 効きやすい声かけ:「危ないから使う」ではなく、「もっと遠くへ行ける」「今より良く動けるかもしれない」というメリットで伝える。医師やPTなど第三者から勧めてもらう。「家でも使って」より「練習として」「まず室内で」から始める
- 説得で押し切るより、本人が「使ってみようかな」と思える入口を作るほうが、うまくいくことが多いです
- それでも使わないときは:無理に使わせるより、動線を整理して、手すりや家具で伝い歩きできる家に整える方法があります
杖はいつから使うべきか|PTの考え方
「転んでから使えばいい」——これが一番危険な考え方です。
転倒して骨折した後にリハビリで杖を使い始めるケースを、PTとして数多く担当してきました。しかしその多くは、「転倒する前から使っていれば骨折しなかった」と振り返ることができる状況です。
PTとして、杖を使い始めるタイミングの目安をお伝えします。
💡 こんなサインが出たら杖を検討するタイミング
- 歩いていてふらつく・壁や手すりに自然と手が伸びる
- 段差や坂道で不安を感じるようになった
- 外出の距離や頻度が減ってきた
- 転倒したことがある、またはヒヤリとしたことがある
- 足腰の痛みで歩くのがつらそうになってきた
「まだ歩けている」は杖が不要という根拠にはなりません。杖は「歩けない人が使うもの」ではなく、「安全に長く歩き続けるための道具」です。この認識の転換が、親御さんに杖を勧める上で大切なポイントになります。
高齢者が杖を嫌がる理由|よくある5つのパターン
嫌がる理由を正しく理解しないまま杖を勧めても、なかなか受け入れてもらえません。よくある理由を5つに整理しました。
① 「杖を使うような状態ではない」という気持ち
最も多い理由です。杖は「もっと大変な人が使うもの」というイメージが強く、「自分はまだそこまでじゃない」と感じている方が多くいます。特に活動的だった方、しっかりと自立して生活してきた方ほど、この傾向が見られます。
「杖をついているところを人に見られたくない」という気持ちも自然なことです。そのような感情を否定せず、まず受け止めることが大切です。
② 「杖を使い始めると、体が悪くなる気がする」という不安
「杖に頼ると足腰が弱くなる」「使い始めると歩けなくなる」——臨床でもよく耳にする言葉です。
これは誤解です。杖を使うことで足腰が弱くなるわけではありません。むしろ、杖なしで無理をして転倒・骨折してしまう方が、その後の生活への影響がはるかに大きくなります。杖は「頼る道具」ではなく、「安全に体を動かし続けるための道具」です。
PTとして伝えているのは、「杖を使いながら歩くことが、体を動かす機会を増やし、結果として筋力維持につながる」ということです。
③ 「まだ大丈夫」という感覚
本人は転倒するリスクを実感していないことがほとんどです。「このくらいなら歩ける」という感覚は、体の機能が低下していても変わりにくいものです。
臨床でも「転ぶとは思っていなかった」とおっしゃる方が非常に多く、自分のバランス能力の低下に気づけないこと自体が、転倒リスクのひとつです。
④ 使い方がわからない・かえって不安定
杖を使い慣れていない人が最初に感じるのが「かえって歩きにくい」という感覚です。正しい使い方・高さを知らないまま使うと、バランスがとりにくく、不便に感じることがあります。
杖には正しい高さと歩き方のルールがあります。最初に正しく教わらないまま使うことで「合わない」と感じてしまうケースも少なくありません。
⑤ 片手がふさがって不便
「荷物が持てない」「杖を持ち歩くのが面倒」という実用面での抵抗もあります。外出時に杖を忘れてきてしまったり、置き場所に困ったりすることも、使うのをやめる原因になります。

病棟で実際にあった2つの例|「いらない」と言った人のその後
理由を5つに分けましたが、現場で出会うのは「理屈は分かるけれど、使いたくない」という方がほとんどです。私が病棟で担当した方の中から、印象に残っている2人を紹介します。
※個人が特定されないよう、細部を変えています。
例1|息切れが強いのに「家では問題ない」と一点張りだった70代の男性
長く、かたいお仕事を続けてこられた方でした。歩くと息切れが強く、歩行器などの補助具をすすめましたが、返ってくる答えはいつも「家では問題ない」。最後まで考えは変わりませんでした。
結局、補助具は使わないまま、リハビリで家で過ごせるくらいまで体の力を上げて退院されました。
例2|「いらない」とひと言で断った、職人のお仕事をしていた男性
体を使う職人のお仕事をされていた方で、補助具の話をすると「いらない」とひと言でした。少しふらつきは残りましたが、「外も歩けるし、痛みもだんだん良くなってきた」という様子で、ご本人は納得して退院されました。
2人に共通していたこと
- 病棟で使うだけなら大丈夫。「練習として」使う場面では、2人とも協力的でした
- ところが「家でも使ってほしい」と伝えると、少し怒りっぽくなりました
- かたいお仕事や職人のお仕事をしてきた方ほど、周りの目を気にしているように感じます
杖に限らず、歩行器などの補助具を「いらない」と断る方は、病棟でも多い印象です。ご家族が説得しきれなくても、伝え方が悪かったとは限りません。
大切なのは、「使わせること」をゴールにしなくていいということです。本当の目的は、家で安全に過ごせることです。使ってくれないときの家の整え方は、このあとの「それでも使ってくれないときは」の章で紹介します。
杖を嫌がる親への声のかけ方|PTが実際に伝えていること
「転ぶから杖を使って」という言い方は、実は逆効果になることがあります。老いを指摘されているように感じ、プライドを傷つけてしまうからです。
言い方を変える|「転ばないため」→「もっと遠くへ行くため」
杖の目的を「転倒予防」から「行動範囲を広げるための道具」に言い換えると、受け入れてもらいやすくなります。「危ないから使ってください」と言われると、多くの方は「自分はそこまで弱っていない」と感じてしまいます。危険を伝えるより、「杖があれば今より良く動けるかもしれない」というメリットを示すほうが、受け入れてもらいやすいと感じています。
言い換えの例
- ❌「転ぶといけないから杖を使って」
- ✅「杖があると疲れにくくて、もっと遠くまで歩けるよ」
- ❌「足腰が弱ってきてるから」
- ✅「登山家もトレッキングポールを使うんだよ。上手に道具を使うのがかしこい歩き方」
「家でも使って」より、「練習として」から
病棟でよく感じるのは、「練習として使ってみましょう」なら協力的な方でも、「家でも使ってほしい」と言うと表情が変わるということです。「家でも」という言葉は、ご本人には「これからずっと杖の人になる」と聞こえるのかもしれません。
ご家族も、いきなり「毎日使って」ではなく、「散歩のときだけ試してみない?」のように、場面を区切って「お試し」から始めるほうが受け入れてもらいやすいと思います。
第三者(医師・PT)から伝えてもらう
家族から言われると反発しても、かかりつけ医や理学療法士から「杖を使ってみてください」と言われると素直に受け入れる方は多いです。受診や介護相談のタイミングで、専門家から一言言ってもらうのは非常に効果的です。
病棟でも、ご家族が言うと怒ってしまう話が、PTから伝えると「じゃあ、使ってみようか」と受け入れてもらえることがよくあります。入院中なら、担当のリハビリスタッフに「家での歩き方について、本人に話してもらえませんか」と相談してみてください。退院前の家族指導や、退院前カンファレンスの場も使えます。

まず室内で試してもらう
いきなり外出で使うのではなく、家の中で試してもらうことから始めると抵抗が少なくなります。慣れてきたら外出でも自然に使えるようになります。
見た目の問題なら「おしゃれな杖」を選ぶ
最近は木目調・カラフル・スリムなデザインの杖も多くあります。「かっこ悪い」という抵抗があるなら、本人に選んでもらうことで愛着が生まれ、使い続けてもらいやすくなります。

それでも使ってくれないときは|伝い歩きできる家に整える
声かけと同じくらい、私が大切だと思っているのが「伝い歩きができる環境」です。伝い歩きとは、壁や手すり、家具に手を添えながら歩くことです。杖を使ってくれなくても、つかまる場所が途切れなければ、家の中を安全に動ける場面は増えます。
退院前には、ご家族に次のような準備をお願いしています。
- 毎日通る道(動線)を整理する:寝室からトイレ、居間から台所など、よく通る道の床から物を片づける
- つかまる場所が途切れないようにする:手すりを付ける、しっかりした家具を道に沿って置く
- つかまると動く物は道から外す:キャスター付きの家具や軽い椅子は、手をついたときに動いてしまうので、動線から離しておくと安心です
置くタイプの手すりは介護保険でレンタルできる物もあります。壁に取り付ける工事(住宅改修)は、ケアマネジャーに相談して進めます。どこに手すりがあると助かるか、退院前に何から整えるかは、次の記事にまとめています。
▶ 高齢者の手すりはレンタルと購入どっち?必要な3箇所を現役PTが解説
▶ 退院前に家を整える|PTが家族に「写真で送ってほしい場所」と、レンタルか改修かの決め方
▶ 高齢者の寝室を安全にするグッズ5選|夜の転倒対策を現役PTが解説
杖の正しい使い方|「かえって歩きにくい」を防ぐ基本
「杖はどちらの手で持つの?」「高さはどう合わせるの?」——意外と知られていないポイントをPTとして解説します。
杖は「痛い側と逆の手」で持つ|最も大切なポイント
⚠️ 間違って使っている方が非常に多いポイントです
膝や股関節が痛い場合、杖は痛い側と「反対の手」に持ちます。
なぜ反対の手なのか——痛い足が前に出るとき、反対の手の杖が同時に前に出ます。これにより、杖と体の重心が連動し、痛い側の関節への負担を大きく減らすことができます。
「痛い側に持ったほうが安心できる気がする」と感じる方が多く、病棟で実際に間違えて持っている方もよく見かけます。退院後も誰にも指摘されないまま逆で使い続けているケースもあるため、この記事を読んでいただいた方にはぜひ確認してほしいポイントです。心当たりがある場合は、かかりつけ医や理学療法士に確認してみてください。
杖の高さの合わせ方
杖の高さは、以下の2つの目安を組み合わせて確認するのがPTとしてのおすすめです。
- 股関節の外側の出っ張り(大転子)の高さと杖の持ち手が合うこと
- 杖をついたとき、肘が自然に少し曲がる(約20〜30度)こと
簡単な目安として「まっすぐ立ったときの手首の高さ」も使われますが、体型によって誤差が出ることがあります。購入後に使い始めてから「なんか疲れる」「前かがみになる」と感じたら、高さが合っていない可能性があります。


高すぎると肩が上がって疲れやすく、低すぎると前かがみになります。杖を購入したら使い始める前に必ず高さを確認・調整してください。不安な場合は、整形外科や地域の理学療法士に相談すると正確に合わせてもらえます。
歩き方の注意点
- 杖→患側(痛い・弱い側)の足→健側の足の順で出す
- 杖を遠くに置きすぎない(前に出しすぎると不安定になる)
- 目線は下ではなく正面〜やや前を見る
杖の種類|迷ったら3つだけ押さえる
- T字杖(一本杖):いちばん一般的な杖で、比較的バランスが良い方向けです。歩くのが不安定な方は、折りたたみ式より継ぎ目のない一体型が安心です
- 多点杖:先が分かれて接地面が広いタイプです。ただし先端が大きく広がる四点杖は使いこなしが難しく、万人向けではありません。検討するなら、先端が小さめのタイプを専門職に相談して選びましょう
- シルバーカー・歩行車:押して歩くタイプで安定しますが、体重をかけすぎると前のめりになることがあります。使い方の確認が大切です
くわしい使い分けは「高齢者の杖の種類と使い分け」、シルバーカーと歩行器の違いは「シルバーカーと歩行器の違い」にまとめています。
杖を嫌がる親についてのよくある質問
Q. 何度すすめても使ってくれません。どうすればいい?
Q. 認知症の親が杖を使ってくれません・忘れてしまいます
Q. 嫌がるのはプライドのせいでしょうか?
Q. 転んだ後なのに、まだ嫌がります
Q. 杖以外の選択肢はありますか?
Q. 歩行器も嫌がります。杖と同じように考えていいですか?
Q. 杖は介護保険でレンタルできますか?
Q. 杖をプレゼントしたら使ってくれるでしょうか?

使うことを受け入れてくれたら、次は正しい使い方です。持つ手と歩き方の順番を、理由からまとめました。
📎 杖の正しい使い方|持つ手・歩き方・階段の順番を現役PTがわかりやすく解説
まとめ|嫌がる理由と、効きやすい声かけの対応表
最後に、この記事の要点を1枚の表にまとめます。「うちの親はどれだろう」と当てはめて、次の一手を決める材料にしてください。
| 嫌がる理由 | 効きやすい対応 |
|---|---|
| ①「まだそこまでじゃない」 | 気持ちを否定しない。「転ばないため」ではなく「もっと遠くへ行くため」と目的を言い換える |
| ②「杖に頼ると弱くなりそう」 | 誤解をほどく。杖があると歩く機会が増え、筋力維持につながる。医師やPTから伝えてもらうと受け入れやすい |
| ③「まだ大丈夫」 | ふらつき・ヒヤリとした場面を一緒に振り返る。ここも第三者の一言が効く |
| ④ 使い方がわからず不安定 | 高さと持つ手を正しく合わせる。いきなり外ではなくまず室内で試す |
| ⑤ 片手がふさがって不便 | 折りたたみやストラップ付きなど持ち歩きやすい杖を本人に選んでもらう。置き場所を決めておく |
| 何をしても使わない | 無理に使わせない。「練習として」から始め、動線を整理して手すりや家具で伝い歩きできる家に整える |
PTからひとこと|杖は「頼れるパートナー」
杖は、生活をあきらめるための道具ではありません。もっと遠くへ行くための、頼れるパートナーです。
理学療法士として患者さんに伝えているのは、「道具を上手に使う人ほど、長く元気に動き続けられる」ということです。杖を使いながら安心して歩けるようになることで、外出が増え、人と会う機会が増え、気持ちも体も活き活きとしてきます。
「使ってみたい」と思えるような杖との出会いが、大きな一歩になることがあります。本人のペースを大切にしながら、家族として少しずつサポートしてみてください。
具体的な杖の選び方・おすすめ商品については、続きの記事で詳しく紹介しています。
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