高齢の親が杖を嫌がる理由とは|理学療法士が教える上手な勧め方と正しい使い方

杖を勧める猫のキャラクターと、応援するリスのキャラクター。 戸惑いながらも杖を受け取ろうとしている高齢者のイラスト。 介護
ケレン(現役理学療法士)
この記事を書いた人:ケレン(現役理学療法士)
病院で毎日、高齢の患者さんとご家族の「退院後の生活」に向き合っています。
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「そろそろ杖が必要だと思うんですが、本人が嫌がって…」

理学療法士として、ご家族からよく受ける相談のひとつです。親御さんの安全を心配しているのに、当の本人が「まだ必要ない」「使いたくない」と言う。その板挟みに困っている方は少なくありません。

この記事では、高齢の親が杖を嫌がる理由と、PTとしての声のかけ方・勧め方を解説します。「嫌がる理由」を正しく理解することが、上手に勧めるための第一歩です。

📌 こんな方に読んでほしい記事です

  • 歩き方が不安定になってきた親に杖を勧めたいが嫌がられている方
  • 杖をすすめるタイミングや言い方に迷っている方
  • 杖の種類や選び方を基礎から知りたい方
  1. 杖はいつから使うべきか|PTの考え方
  2. 高齢の親が杖を嫌がる理由|よくある5つのパターン
    1. ① 「杖を使うような状態ではない」という気持ち
    2. ② 「杖を使い始めると、体が悪くなる気がする」という不安
    3. ③ 「まだ大丈夫」という感覚
    4. ④ 使い方がわからない・かえって不安定
    5. ⑤ 両手がふさがって不便
  3. 杖を嫌がる親への声のかけ方|PTが実際に伝えていること
    1. 言い方を変える|「転ばないため」→「もっと遠くへ行くため」
    2. 第三者(医師・PT)から伝えてもらう
    3. まず室内で試してもらう
    4. 見た目の問題なら「おしゃれな杖」を選ぶ
  4. 杖の正しい使い方|知っておきたい基本
    1. 杖は「痛い側と逆の手」で持つ|最も大切なポイント
    2. 杖の高さの合わせ方
    3. 歩き方の注意点
  5. 杖の種類|どれを選べばいい?
    1. T字杖(一本杖)
    2. 多点杖
    3. シルバーカー・歩行車
  6. 杖を嫌がる親についてのよくある質問
    1. Q. 何度すすめても使ってくれません。どうすればいい?
    2. Q. 認知症の親が杖を使ってくれません・忘れてしまいます
    3. Q. 嫌がるのはプライドのせいでしょうか?
    4. Q. 転んだ後なのに、まだ嫌がります
    5. Q. 杖以外の選択肢はありますか?
    6. Q. 杖は介護保険でレンタルできますか?
    7. Q. 杖をプレゼントしたら使ってくれるでしょうか?
  7. PTからひとこと|杖は「頼れるパートナー」
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杖はいつから使うべきか|PTの考え方

「転んでから使えばいい」——これが一番危険な考え方です。

転倒して骨折した後にリハビリで杖を使い始めるケースを、PTとして数多く担当してきました。しかしその多くは、「転倒する前から使っていれば骨折しなかった」と振り返ることができる状況です。

PTとして、杖を使い始めるタイミングの目安をお伝えします。

💡 こんなサインが出たら杖を検討するタイミング

  • 歩いていてふらつく・壁や手すりに自然と手が伸びる
  • 段差や坂道で不安を感じるようになった
  • 外出の距離や頻度が減ってきた
  • 転倒したことがある、またはヒヤリとしたことがある
  • 足腰の痛みで歩くのがつらそうになってきた

「まだ歩けている」は杖が不要という根拠にはなりません。杖は「歩けない人が使うもの」ではなく、「安全に長く歩き続けるための道具」です。この認識の転換が、親御さんに杖を勧める上で大切なポイントになります。

高齢の親が杖を嫌がる理由|よくある5つのパターン

嫌がる理由を正しく理解しないまま杖を勧めても、なかなか受け入れてもらえません。よくある理由を5つに整理しました。

① 「杖を使うような状態ではない」という気持ち

最も多い理由です。杖は「もっと大変な人が使うもの」というイメージが強く、「自分はまだそこまでじゃない」と感じている方が多くいます。特に活動的だった方、しっかりと自立して生活してきた方ほど、この傾向が見られます。

「杖をついているところを人に見られたくない」という気持ちも自然なことです。そのような感情を否定せず、まず受け止めることが大切です。

② 「杖を使い始めると、体が悪くなる気がする」という不安

「杖に頼ると足腰が弱くなる」「使い始めると歩けなくなる」——臨床でもよく耳にする言葉です。

これは誤解です。杖を使うことで足腰が弱くなるわけではありません。むしろ、杖なしで無理をして転倒・骨折してしまう方が、その後の生活への影響がはるかに大きくなります。杖は「頼る道具」ではなく、「安全に体を動かし続けるための道具」です。

PTとして伝えているのは、「杖を使いながら歩くことが、体を動かす機会を増やし、結果として筋力維持につながる」ということです。

③ 「まだ大丈夫」という感覚

本人は転倒するリスクを実感していないことがほとんどです。「このくらいなら歩ける」という感覚は、体の機能が低下していても変わりにくいものです。

臨床でも「転ぶとは思っていなかった」とおっしゃる方が非常に多く、自分のバランス能力の低下に気づけないこと自体が、転倒リスクのひとつです。

④ 使い方がわからない・かえって不安定

杖を使い慣れていない人が最初に感じるのが「かえって歩きにくい」という感覚です。正しい使い方・高さを知らないまま使うと、バランスがとりにくく、不便に感じることがあります。

杖には正しい高さと歩き方のルールがあります。最初に正しく教わらないまま使うことで「合わない」と感じてしまうケースも少なくありません。

⑤ 両手がふさがって不便

「荷物が持てない」「杖を持ち歩くのが面倒」という実用面での抵抗もあります。外出時に杖を忘れてきてしまったり、置き場所に困ったりすることも、使うのをやめる原因になります。

親が杖を拒む本当の理由の図解。「まだ大丈夫」の裏にはバランス低下の無自覚、「筋力が落ちる」は誤解でむしろ活動量が増えて維持につながる、「歩きにくい」は高さや使い方の間違い

杖を嫌がる親への声のかけ方|PTが実際に伝えていること

「転ぶから杖を使って」という言い方は、実は逆効果になることがあります。老いを指摘されているように感じ、プライドを傷つけてしまうからです。

言い方を変える|「転ばないため」→「もっと遠くへ行くため」

杖の目的を「転倒予防」から「行動範囲を広げるための道具」に言い換えると、受け入れてもらいやすくなります。

言い換えの例

  • ❌「転ぶといけないから杖を使って」
  • ✅「杖があると疲れにくくて、もっと遠くまで歩けるよ」
  • ❌「足腰が弱ってきてるから」
  • ✅「登山家もトレッキングポールを使うんだよ。上手に道具を使うのがかしこい歩き方」

第三者(医師・PT)から伝えてもらう

家族から言われると反発しても、かかりつけ医や理学療法士から「杖を使ってみてください」と言われると素直に受け入れる方は多いです。受診や介護相談のタイミングで、専門家から一言言ってもらうのは非常に効果的です。

杖を勧める声かけの言い換え図解。「転ぶから使って」は「もっと遠くへ行こう」、「足腰が弱ってる」は「登山家も使う道具だよ」と前向きに言い換える

まず室内で試してもらう

いきなり外出で使うのではなく、家の中で試してもらうことから始めると抵抗が少なくなります。慣れてきたら外出でも自然に使えるようになります。

見た目の問題なら「おしゃれな杖」を選ぶ

最近は木目調・カラフル・スリムなデザインの杖も多くあります。「かっこ悪い」という抵抗があるなら、本人に選んでもらうことで愛着が生まれ、使い続けてもらいやすくなります。

杖導入までの4ステップ(観察する・第三者を頼る・室内で試す・一緒に選ぶ)の図解

杖の正しい使い方|知っておきたい基本

「杖はどちらの手で持つの?」「高さはどう合わせるの?」——意外と知られていないポイントをPTとして解説します。

杖は「痛い側と逆の手」で持つ|最も大切なポイント

⚠️ 間違って使っている方が非常に多いポイントです

膝や股関節が痛い場合、杖は痛い側と「反対の手」に持ちます。

なぜ反対の手なのか——痛い足が前に出るとき、反対の手の杖が同時に前に出ます。これにより、杖と体の重心が連動し、痛い側の関節への負担を大きく減らすことができます。

「痛い側に持ったほうが安心できる気がする」と感じる方が多く、病棟で実際に間違えて持っている方もよく見かけます。退院後も誰にも指摘されないまま逆で使い続けているケースもあるため、この記事を読んでいただいた方にはぜひ確認してほしいポイントです。心当たりがある場合は、かかりつけ医や理学療法士に確認してみてください。

杖の高さの合わせ方

杖の高さは、以下の2つの目安を組み合わせて確認するのがPTとしてのおすすめです。

  • 股関節の外側の出っ張り(大転子)の高さと杖の持ち手が合うこと
  • 杖をついたとき、肘が自然に少し曲がる(約20〜30度)こと

簡単な目安として「まっすぐ立ったときの手首の高さ」も使われますが、体型によって誤差が出ることがあります。購入後に使い始めてから「なんか疲れる」「前かがみになる」と感じたら、高さが合っていない可能性があります。

疲れない杖の高さの図解。大転子(股関節の外側の出っ張り)の高さで、肘が20〜30度軽く曲がるのが目安
杖は痛い足の反対側の手で持つことを示す図解

高すぎると肩が上がって疲れやすく、低すぎると前かがみになります。杖を購入したら使い始める前に必ず高さを確認・調整してください。不安な場合は、整形外科や地域の理学療法士に相談すると正確に合わせてもらえます。

歩き方の注意点

  • 杖→患側(痛い・弱い側)の足→健側の足の順で出す
  • 杖を遠くに置きすぎない(前に出しすぎると不安定になる)
  • 目線は下ではなく正面〜やや前を見る

杖の種類|どれを選べばいい?

T字杖(一本杖)

最もスタンダードな杖です。軽くて持ち運びやすく、比較的バランスが良い方に向いています。

折りたたみ式(伸縮タイプ)もあり、外出・旅行時にコンパクトに収納できて便利です。ただし折りたたみ式は継ぎ目が若干たわむことがあるため、歩行が安定していて自分で選んで購入できるレベルの方に向いています。歩行が不安定な方は、継ぎ目のない一体型の方が安心です。

多点杖

杖の先端が複数に分かれており、接地面が広くなるタイプです。片麻痺(脳卒中後など)の方に使われることが多いです。

ただしPTとして正直にお伝えすると、先端が4点に大きく広がるタイプ(いわゆる四点杖)は万人向けではありません。地面に4点が同時につかないと安定しない、体重をかけるとぐらつく、歩行速度が大幅に下がるなど、使いこなすのが難しい面があります。

もし多点杖を検討する場合は、先端が小さめに広がっている「ミニ多点杖」や「三点杖」の方が、歩行速度を落とさず使いやすいことが多いです。どのタイプが合うかは、理学療法士や医師に相談することをおすすめします。

シルバーカー・歩行車

買い物カートのように押して歩くタイプです。両手で押せるため安定感があり、荷物も運べます。ただし、体重をかけすぎると前のめりになって転倒するリスクがあるため、PTとしては使い方の指導が重要だと考えています(歩行器との違い・選び方は「シルバーカーと歩行器の違い」でくわしく解説しています)。杖と違って「押す」道具なので、頼りすぎに注意が必要です。

杖を嫌がる親についてのよくある質問

Q. 何度すすめても使ってくれません。どうすればいい?

A.私が現場でよくお伝えするのは、「いつでも『使わない』という選択はできます。だから今は、使っておきましょう」という言葉です。杖は一度使ったらやめられない物ではありません。「安全第一が、ご家族にとっても一番の安心ですよ」と伝えると、表情が変わる方が多いです。また、理学療法士は評価をした上で「必要ない方には必要ない」と説明します。専門職がすすめるのは、評価した上で不安が残るから——そのことを、医師やPTなど第三者の口から伝えてもらうのも効果的です。

Q. 認知症の親が杖を使ってくれません・忘れてしまいます

A.正直にお伝えすると、認知機能が低下した方にT字杖を使いこなしていただくのは、現場でも難しいことが多いです。説明を理解することや、覚えておくことが難しくなるためです。病棟では目の届く場所に杖を置いて促しますが、それでも難しいことがあります。この場合は杖にこだわらないことが大切です。手すりの設置や家具の配置など「杖がなくても歩ける環境」を整える、歩行車を検討する、ケアマネジャーや専門職に相談する——道具より環境と見守りで守る発想に切り替えましょう。

Q. 嫌がるのはプライドのせいでしょうか?

A.「プライド」と呼ぶより、「まだ大丈夫な自分でいたい」という自然な気持ちだと私は感じています。杖を持つことは、ご本人にとって「老い」を認めることでもあります。責めたり説得で押し切ったりするより、その気持ちを認めた上で、きっかけ(外出・旅行・おしゃれな一本)を一緒に探す方がうまくいきます。

Q. 転んだ後なのに、まだ嫌がります

A.実は、転倒を経験された方の多くは杖を受け入れてくれます。それでも難しい場合、背景に認知機能の低下が隠れていることが少なくありません。その場合は上の質問と同じく、杖以外の方法(環境整備・見守り)も含めて考えましょう。転倒後の対応は「高齢者が転倒した後どうする?」にまとめています。

Q. 杖以外の選択肢はありますか?

A.あります。屋外ならシルバーカーや歩行車(座って休める・荷物が積める)、散歩が好きな方ならウォーキングポール(スポーツ用品の見た目なので抵抗が少ない)も選択肢です。「杖っぽくない道具」から入ると受け入れられることがあります。

Q. 杖は介護保険でレンタルできますか?

A.T字杖は介護保険の対象外(自費購入)ですが、多点杖(4点杖)や歩行器は介護保険でレンタルできることが多いです。要介護認定を受けている方は、購入前にケアマネジャーに相談してみてください。

Q. 杖をプレゼントしたら使ってくれるでしょうか?

A.「きっかけ」としてはとても良い方法です。特に、見た目がおしゃれな杖は「福祉用具」ではなく「持ち物」として受け取ってもらいやすくなります。ただし高さが合わないと使えないので、高さ調節ができるタイプを選ぶのが失敗しないコツです。選び方は下の記事で詳しく解説しています。
肯定的な声かけ・正しい使い方・最適な杖の3つが揃うと、長く元気な生活につながることを示す図解

PTからひとこと|杖は「頼れるパートナー」

杖は、生活をあきらめるための道具ではありません。もっと遠くへ行くための、頼れるパートナーです。

理学療法士として患者さんに伝えているのは、「道具を上手に使う人ほど、長く元気に動き続けられる」ということです。杖を使いながら安心して歩けるようになることで、外出が増え、人と会う機会が増え、気持ちも体も活き活きとしてきます。

「使ってみたい」と思えるような杖との出会いが、大きな一歩になることがあります。本人のペースを大切にしながら、家族として少しずつサポートしてみてください。

具体的な杖の選び方・おすすめ商品については、続きの記事で詳しく紹介しています。

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